ナットウキナーゼの科学:血栓溶解作用のメカニズムを徹底解説

電子顕微鏡で観察した納豆菌 専門解説

「納豆が血液をサラサラにするって本当?」

納豆の健康効果として最も有名なのが「血液サラサラ効果」ですが、その秘密は納豆にのみ含まれる特殊な酵素ナットウキナーゼにあります。1980年に発見されて以来、心筋梗塞や脳梗塞などの血栓性疾患の予防に役立つ可能性があるとして、世界中で研究が進められています。

この記事では、ナットウキナーゼがどのようにして血栓を溶かすのか、そのメカニズムを分子レベルで詳しく解説します。

この記事で学べること

  • ナットウキナーゼの発見の歴史
  • 血栓溶解の3つのメカニズム
  • 他の血栓溶解酵素との違い
  • 最新の研究成果と健康効果
  • 摂取方法と注意点

ナットウキナーゼの発見

1980年、倉敷芸術科学大学の須見洋行教授は、納豆が血栓を溶かす作用を持つことを偶然発見しました。人工的に作った血栓に納豆を加えたところ、わずか数時間で血栓が溶けたのです。この驚くべき発見が、ナットウキナーゼ研究の始まりでした。

その後の研究で、この血栓溶解作用を持つ成分が、納豆菌(Bacillus subtilis var. natto)が作り出す酵素であることが明らかになり、「ナットウキナーゼ(Nattokinase)」と名付けられました [1]。

詳しく知る

納豆菌は、大豆のタンパク質を分解する過程で、ナットウキナーゼをはじめとする様々な酵素を生成します。納豆の健康効果全般については、関連記事「納豆の健康効果」をご覧ください。

血栓とは?なぜ危険なのか?

血栓とは、血液中の血小板やフィブリンというタンパク質が固まってできた塊のことです。通常、血栓は怪我をしたときに出血を止めるために必要な仕組みですが、血管の中で不必要に血栓ができてしまうと、血液の流れを妨げ、重大な病気を引き起こします。

病名 発生部位 症状
心筋梗塞 心臓の血管(冠動脈) 心筋が壊死し、激しい胸痛
脳梗塞 脳の血管 脳細胞が壊死し、麻痺や言語障害
肺塞栓症 肺の血管 呼吸困難、胸痛(エコノミークラス症候群)

これらの病気は、日本人の死因の上位を占めており、血栓の予防は非常に重要です。

ナットウキナーゼの血栓溶解メカニズム

ナットウキナーゼは、以下の3つのメカニズムで血栓を溶かします。

メカニズム1:フィブリンの直接分解

血栓の主成分は「フィブリン」というタンパク質です。フィブリンは、血小板を網目状に包み込み、血栓を強固にします。ナットウキナーゼは、このフィブリンを直接分解する「フィブリン分解酵素」としての働きを持ちます。

ナットウキナーゼは、フィブリンのペプチド結合を切断し、フィブリンを小さな断片に分解します。これにより、血栓が溶けて血流が回復するのです。

血栓溶解プロセスを示す血管の断面図
血栓溶解プロセスを示す血管の断面図

メカニズム2:プラスミノーゲンの活性化

私たちの体には、もともと血栓を溶かす仕組みが備わっています。それが「線溶系」と呼ばれるシステムです。線溶系では、「プラスミノーゲン」という不活性な酵素が、「プラスミン」という活性型の酵素に変換されることで、フィブリンを分解します。

ナットウキナーゼは、このプラスミノーゲンを活性化させる働きも持っています。つまり、ナットウキナーゼは、自らフィブリンを分解するだけでなく、体内の血栓溶解システムも活性化させるという、二重の効果を持っているのです。

ナットウキナーゼがフィブリンを分解する作用機序
ナットウキナーゼがフィブリンを分解する作用機序

メカニズム3:血栓溶解阻害因子の分解

体内には、血栓が溶けすぎないようにブレーキをかける「PAI-1(プラスミノーゲン活性化阻害因子)」という物質があります。ナットウキナーゼは、このPAI-1を分解することで、血栓溶解を促進します。

メカニズム 作用 効果
フィブリンの直接分解 フィブリンのペプチド結合を切断 血栓を直接溶かす
プラスミノーゲンの活性化 プラスミンへの変換を促進 体内の血栓溶解システムを活性化
PAI-1の分解 血栓溶解阻害因子を除去 血栓溶解をさらに促進

他の血栓溶解酵素との違い

医療現場では、血栓を溶かすために「t-PA(組織プラスミノーゲン活性化因子)」という薬が使われています。しかし、t-PAは注射でしか投与できず、また高価で、副作用のリスクもあります。

一方、ナットウキナーゼは、食品由来の天然の酵素であり、経口摂取が可能で、副作用も少ないという大きな利点があります。ただし、ナットウキナーゼは医薬品ではなく、あくまで健康食品として位置づけられています。

活性持続時間

ナットウキナーゼを摂取すると、その血栓溶解作用は約8〜12時間持続します。血栓は、就寝中から明け方にかけて作られやすいため、夕食時に納豆を食べることで、効果的に血栓を予防できると考えられています。

ナットウキナーゼの最新研究

1. 血圧降下作用

近年の研究では、ナットウキナーゼに血圧を下げる効果があることが報告されています。高血圧の患者にナットウキナーゼを8週間摂取させたところ、収縮期血圧が有意に低下したという研究結果があります [2]。

2. 動脈硬化の予防

ナットウキナーゼは、血管の柔軟性を改善し、動脈硬化の進行を抑える可能性が示唆されています。

3. 認知機能の改善

脳の血流を改善することで、認知機能の低下を防ぐ効果が期待されています。

ナットウキナーゼの摂取方法と注意点

推奨摂取量

日本ナットウキナーゼ協会では、1日あたり2000FU(フィブリン分解単位)のナットウキナーゼ摂取を推奨しています。これは、納豆約1パック(50g)に相当します。

注意点

注意事項 理由 対処法
抗凝固薬との併用 ビタミンK2がワーファリンの効果を弱める ワーファリン服用中は納豆を控える
加熱に注意 70℃以上で活性を失う 納豆は加熱せずに食べる
手術前の摂取 出血リスクが高まる 手術の1週間前から控える

納豆以外でのナットウキナーゼ摂取

納豆が苦手な方や、ワーファリンを服用している方のために、ビタミンK2を除去したナットウキナーゼのサプリメントも販売されています。ただし、サプリメントを選ぶ際は、日本ナットウキナーゼ協会の認定マークがついた製品を選ぶことをおすすめします。

まとめ

ナットウキナーゼは、納豆にのみ含まれる特殊な酵素で、血栓を溶かす強力な働きを持っています。フィブリンの直接分解、プラスミノーゲンの活性化、PAI-1の分解という3つのメカニズムで、血栓性疾患の予防に役立つ可能性があります。

  • ナットウキナーゼは3つのメカニズムで血栓を溶かす
  • 食品由来の天然酵素で、経口摂取が可能
  • 血圧降下作用や動脈硬化予防など、最新研究で新たな効果が報告されている
  • 抗凝固薬との併用や加熱には注意が必要

日本の伝統的な発酵食品である納豆が、最先端の医学研究でも注目されているというのは、非常に興味深いことです。毎日の食卓に納豆を取り入れることで、美味しく健康を維持できるのは、素晴らしいことではないでしょうか。



参考文献

  1. Sumi, H., et al. (1987). A novel fibrinolytic enzyme (nattokinase) in the vegetable cheese Natto. Experientia, 43(10), 1110-1111.
  2. Kim, J. Y., et al. (2008). Effects of nattokinase on blood pressure. Hypertension Research, 31(8), 1583-1588.
  3. 日本ナットウキナーゼ協会. 「ナットウキナーゼとは」
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