世界中で愛されるチーズ。その多様な風味と食感は、実は目に見えない小さな働き者たち——カビとバクテリア——によって生み出されています。この記事では、チーズの発酵プロセスを科学的に解説し、白カビチーズ、青カビチーズ、ウォッシュチーズそれぞれの特徴と、微生物がどのように関わっているのかを詳しく見ていきます。
チーズとは?発酵食品としての基本
チーズは、牛乳や羊乳などの乳を原料とし、乳酸菌やカビ、酵母などの微生物の力を借りて作られる発酵食品です。人類は数千年前からチーズを作り続けており、その製法は地域や文化によって大きく異なります。現在では世界中で1000種類以上のチーズが存在し、それぞれが独自の風味と個性を持っています。
チーズの基本的な製造工程は、乳を凝固させてカード(固形部分)とホエイ(液体部分)に分離し、カードを熟成させるというものです。この熟成過程で、様々な微生物が活躍し、チーズに独特の風味や食感を与えます。
チーズの発酵プロセス:4つのステップ
チーズ作りは、大きく分けて4つのステップで進行します。
ステップ1:凝固(乳酸菌の働き)
まず、牛乳に乳酸菌スターターを加えます。乳酸菌は牛乳中の乳糖を分解して乳酸を生成し、pHを下げることで牛乳を酸性にします。この酸性化によって、牛乳中のカゼインタンパク質が凝固しやすくなります。さらにレンネット(凝乳酵素)を加えることで、牛乳は固まり、カードとホエイに分離します。
ステップ2:カード形成と成形
凝固したカードを切断し、ホエイを排出します。カードの大きさや排出するホエイの量によって、チーズの硬さや水分量が決まります。その後、カードを型に詰めて成形し、塩を加えて味を調えます。塩は風味を与えるだけでなく、余分な水分を抜き、有害な微生物の繁殖を抑える役割も果たします。
ステップ3:熟成(カビと酵母の登場)
ここからが、チーズの個性を決定づける最も重要な工程です。成形されたチーズは、温度と湿度が管理された熟成庫で数週間から数年間熟成されます。この期間中に、チーズの種類に応じて白カビ、青カビ、バクテリアなどが活動し、タンパク質や脂肪を分解して独特の風味を生み出します。
ステップ4:完成
熟成が進むにつれて、チーズの内部では複雑な化学反応が起こり、風味や食感が変化していきます。熟成期間が終わると、チーズは完成し、出荷されます。
白カビチーズ:カマンベールとブリ

白カビチーズの代表格といえば、カマンベールとブリーです。これらのチーズの表面を覆う白いベルベットのような層は、Penicillium camemberti(ペニシリウム・カマンベルティ)という白カビによって形成されます。
白カビは、チーズの表面に噴霧または塗布され、熟成庫の湿度の高い環境で増殖します。白カビはタンパク質を分解する酵素を分泌し、チーズの表面から内部へと徐々に熟成を進めます。この過程で、チーズの質感はクリーミーになり、風味はマイルドでありながら複雑さを増していきます。
カマンベールチーズは、乳酸菌、白カビ、酵母の3つの微生物による共同作業によって作られます。表皮に存在する白カビと酵母が、チーズ内部の乳酸菌と協力し合い、独特の風味を生み出すのです。
青カビチーズ:ブルーチーズの秘密

青カビチーズ、通称ブルーチーズは、その名の通り青緑色の斑点が特徴です。この青い部分は、Penicillium roqueforti(ペニシリウム・ロックフォルティ)やPenicillium glaucum(ペニシリウム・グラウカム)という青カビによって形成されます。
白カビチーズとは異なり、青カビはチーズの内部で増殖します。製造過程で、カードに青カビの胞子を混ぜ込み、成形後にチーズに針で穴を開けます。この穴から空気が入り込むことで、好気性の青カビが内部で繁殖し、青緑色の斑点を作り出します。
青カビは脂肪を分解する酵素を多く分泌するため、ブルーチーズは独特のピリッとした風味と強い香りを持ちます。ロックフォール、ゴルゴンゾーラ、スティルトンなど、世界中で愛される青カビチーズは、この青カビの働きによって生まれています。
ウォッシュチーズ:バクテリアの力

ウォッシュチーズは、熟成中にチーズの表面を塩水やワイン、ブランデーなどで洗う(ウォッシュする)ことで作られます。この洗浄によって、表面にBrevibacterium linens(ブレビバクテリウム・リネンス)というバクテリアが繁殖し、オレンジ色の表皮を形成します。
このバクテリアは、タンパク質を分解して強烈な香りを発生させます。エポワス、ポン・レヴェック、マンステールなどのウォッシュチーズは、その強い香りから「足の裏のような臭い」と表現されることもありますが、味わいは非常にクリーミーでマイルドです。
興味深いことに、Brevibacterium linensは味と香りを生み出すだけでなく、チーズの防御システムとしても機能します。このバクテリアが存在することで、カビや不要な微生物が繁殖しにくくなり、チーズを保護する役割を果たしているのです。
乳酸菌とカビの共同作業
チーズの発酵プロセスでは、乳酸菌、カビ、酵母、バクテリアなど、複数の微生物が協力し合っています。乳酸菌は最初に牛乳を酸性化し、カビやバクテリアが活動しやすい環境を整えます。その後、カビやバクテリアがタンパク質や脂肪を分解し、チーズに独特の風味を与えます。
この微生物の相互作用こそが、チーズの多様性を生み出す要因です。同じ原料を使っても、使用する微生物の種類や熟成条件が異なれば、まったく異なる風味のチーズが完成します。。
まとめ
チーズの発酵プロセスは、乳酸菌、白カビ、青カビ、バクテリアなど、様々な微生物の共同作業によって成り立っています。これらの微生物がタンパク質や脂肪を分解し、チーズに独特の風味、香り、食感を与えます。カマンベールの優雅な白カビ、ブルーチーズの大胆な青カビ、ウォッシュチーズの個性的なバクテリア——それぞれの微生物が、チーズの世界に無限の多様性をもたらしているのです。
次回チーズを味わうときは、その背後で働く小さな微生物たちの存在を思い出してみてください。きっと、チーズの味わいがより深く感じられるはずです。
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