発酵食品作りは楽しいものですが、時には思い通りにいかないこともあります。「カビが生えた」「すっぱくなりすぎた」「変な匂いがする」——こうした失敗は、誰もが一度は経験するものです。
しかし、失敗には必ず原因があります。そして、その原因を理解すれば、対処法も見えてきます。この記事では、味噌、糠床、パン、ヨーグルトなど、すべての発酵食品に共通するトラブルとその科学的な原因、対処法を解説します。
個別の発酵食品のトラブルは専用記事で
この記事では共通事項を扱います。個別の発酵食品(糠床、味噌、パンなど)のトラブルについては、各専用記事をご覧ください。
発酵食品に共通するトラブルの原因
発酵食品のトラブルには、種類を問わず共通する原因があります。これらを理解することで、多くの失敗を未然に防ぐことができます。
1. 温度管理の失敗
発酵は微生物の活動によるものです。微生物の活性は温度に大きく依存します。
低温すぎる場合
微生物の活動が鈍くなり、発酵が進まない、または非常に遅くなります。例えば、パンの生地が膨らまない、ヨーグルトが固まらないといった症状が現れます。
高温すぎる場合
微生物が死滅したり、過剰に発酵します。特に60℃以上になると、多くの発酵微生物は死滅してしまいます。また、高温では乳酸菌が過剰に増殖し、酸味が強くなりすぎることもあります。
| 発酵食品 | 最適温度 | 備考 |
|---|---|---|
| 味噌 | 15〜25℃ | 低温でゆっくり熟成させると風味が良い |
| 糠床 | 20〜25℃ | 夏場は冷蔵庫で管理 |
| パン(発酵) | 28〜32℃ | 酵母の活性が最も高い温度帯 |
| ヨーグルト | 40〜45℃ | 乳酸菌の最適温度 |
温度計は必須アイテム
発酵食品作りでは、温度計を使って正確に温度を測ることが成功の鍵です。特にヨーグルトやパン作りでは、数度の違いが結果に大きく影響します。
2. 塩分濃度の不適切
塩は、微生物の活動を調整する重要な要素です。塩分濃度が適切でないと、発酵が失敗する原因になります。
塩分不足の場合
有害な微生物(腐敗菌、病原菌)が増殖しやすくなります。また、乳酸菌が過剰に増殖し、酸味が強くなりすぎることもあります。
塩分過多の場合
発酵微生物の活動が抑制され、発酵が進まなくなります。味も塩辛くなりすぎて、食べにくくなります。
| 発酵食品 | 推奨塩分濃度 | 役割 |
|---|---|---|
| 味噌 | 10〜13% | 腐敗防止、乳酸菌の活動調整 |
| 糠床 | 5〜7% | 乳酸菌の活動促進、雑菌抑制 |
| キムチ | 2〜3% | 乳酸発酵の促進 |
| 漬物 | 2〜10% | 種類により異なる |
対策
- レシピ通りの塩分濃度を守る
- 塩は計量して正確に量る
- 塩の種類(精製塩、天然塩)によって塩分濃度が異なることを理解する
3. 雑菌の混入
清潔でない環境や道具を使うと、雑菌が混入し、発酵が失敗します。雑菌は腐敗臭や変色、カビの原因となります。
雑菌混入の主な原因
- 道具の消毒不足
- 手の洗浄不足
- 作業環境の不衛生
- 材料の汚染
対策
- 道具は煮沸消毒またはアルコール消毒する
- 手をよく洗う(石鹸で30秒以上)
- 清潔な環境で作業する
- 材料は新鮮なものを使う
私の失敗談
以前、消毒が不十分な容器で味噌を仕込んだところ、表面に黒カビが大量発生してしまいました。それ以来、容器の消毒は徹底しています。
4. 発酵時間の誤り
発酵時間が短すぎたり、長すぎたりすると、トラブルが発生します。
発酵時間が短い場合
発酵が不十分で、風味が発達しません。例えば、ヨーグルトが固まらない、パンが膨らまないといった症状が現れます。
発酵時間が長い場合
過発酵により、酸味が強くなりすぎたり、変な匂いが発生します。特に乳酸菌や酢酸菌が過剰に増殖すると、酸っぱくなりすぎます。
対策
- レシピ通りの発酵時間を守る
- 温度や環境に応じて調整する
- 発酵の進行状態を定期的に観察する
カビの見分け方:食べられるカビと危険なカビ
発酵食品にカビが生えることは珍しくありません。しかし、すべてのカビが危険というわけではありません。一方で、有害なカビもあるため、正しく見分けることが重要です。
危険なカビ(絶対に食べてはいけない)
| カビの色 | 特徴 | 危険性 | 対処法 |
|---|---|---|---|
| 黒カビ | 黒い斑点、べったりした質感 | マイコトキシン(カビ毒)を生成する可能性 | 廃棄する |
| 緑カビ | 青緑色、粉っぽい | マイコトキシンを生成する可能性 | 廃棄する |
| ピンクカビ | ピンク色、ぬめりがある | 細菌(酵母様真菌)、腐敗の兆候 | 廃棄する |
注意が必要なカビ(状況による)
白カビ
白カビは、発酵食品によって扱いが異なります。
- 糠床の白い膜(産膜酵母):酵母の一種で、無害です。取り除いてかき混ぜれば問題ありません。
- 味噌の白カビ:表面に薄く生えた白カビは、カビの部分とその周辺を深く取り除けば、残りは食べられます。
- チーズの白カビ:カマンベールチーズなどは、意図的に白カビ(Penicillium camemberti)を使用しています。これは安全です。
チーズのカビは特別
チーズに使われる白カビ(カマンベール)や青カビ(ブルーチーズ)は、適切に管理された食用カビです。家庭で自然発生したカビとは異なり、安全性が確認されています。
カビが生えた時の対処法
黒カビ・緑カビ・ピンクカビの場合
残念ですが、廃棄してください。カビ毒は目に見えない部分にも広がっている可能性があります。
白カビの場合
- カビの部分とその周辺を深く(3〜5cm)取り除く
- 残りの部分の匂いや色を確認する
- 異常がなければ、食べられる
- 表面に塩を振って、カビの再発を防ぐ
トラブルを防ぐための基本原則
発酵食品のトラブルを防ぐには、以下の基本原則を守ることが重要です。
1. 清潔な環境を保つ
雑菌の混入を防ぐため、道具や手を清潔に保ちます。
- 道具は煮沸消毒またはアルコール消毒
- 手は石鹸で30秒以上洗う
- 作業台を清潔に保つ
2. 温度管理を徹底する
温度計を使って、発酵温度を正確に管理します。
- 発酵食品ごとの最適温度を理解する
- 温度計で定期的に測定する
- 夏場は冷蔵庫、冬場は保温を活用
3. レシピを守る
特に初心者は、レシピ通りに作ることが成功への近道です。
- 材料の分量を正確に量る
- 塩分濃度を守る
- 発酵時間を守る
4. 観察を怠らない
発酵食品の状態を定期的に観察し、異常があれば早めに対処します。
- 色の変化
- 匂いの変化
- 質感の変化
- カビの発生
5. 記録をつける
温度、発酵時間、結果を記録することで、次回の改善につながります。
発酵ノートのすすめ
私は発酵食品を作るたびに、日付、温度、発酵時間、結果をノートに記録しています。これにより、失敗の原因を特定しやすくなり、次回の改善につながります。
まとめ
発酵食品のトラブルは、必ず原因があります。そして、その原因を理解すれば、対処法も見えてきます。
共通するトラブルの原因
- 温度管理の失敗:発酵食品ごとの最適温度を守る
- 塩分濃度の不適切:レシピ通りの塩分濃度を守る
- 雑菌の混入:清潔な環境と道具を使う
- 発酵時間の誤り:レシピ通りの時間を守り、観察する
カビの見分け方
- 黒カビ・緑カビ・ピンクカビ:廃棄する
- 白カビ:状況により、取り除けば食べられる
- チーズのカビ:適切に管理された食用カビは安全
失敗を恐れずに、トラブルを「学びの機会」として捉えましょう。そして、この記事を参考に、美味しい発酵食品作りを楽しんでください。
参考文献
- 日本食品微生物学会(2020)『食品微生物学の基礎』講談社サイエンティフィク
- 小泉武夫(2018)『発酵食品学』講談社
- Steinkraus, K. H. (1996). “Handbook of Indigenous Fermented Foods.” CRC Press.
- 厚生労働省(2021)『食品衛生法に基づく食品添加物の指定等について』
- 東京農業大学(2019)『発酵食品の微生物学的研究』研究報告書

